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本番での”あがり”について考える
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     アレクサンダー・テクニークは、いわゆる”あがり”にも有効であると言われる。

    私自身はまだ、上がる場面でアレクサンダー・テクニークを使えた経験はない。
    そもそも緊張しないのか、人前で話をしたりすること、普段初対面の人と会っても、特に緊張を感じたことのないタイプだ。

    それなのに、なぜ人前で篠笛を吹こうとすると緊張するのか?!

    〜技術面での自信のなさ〜 
    たしかに、確実にできるという自信があれば、緊張する必要はないように思う。
    少し手に余るくらいの曲でもあるし、高音が出たり出なかったりする理由も把握できていない。
    つまり、何かあったときに対処できる自信もない(自分のコントロール下にない)。
    そりゃー、不安だ。

    〜人前で恥をかきたくない〜
    音がでなくなる、音がふるえる、うわずる・・・。

    他者からどう評価されるか、それは恐いことだ。

    なぜ、恐い?
    どう思われてもかまわない、とうそぶきながらも”他人からの承認”を求めている自分がいるのだろうか?

    〜アレクサンダー・テクニークの教師としての実力のなさを露呈してしまうのでは?!〜
    これが一番恐ろしいのだろうか?
    自分の使えてもいないものを他者に教えられるのか???
    と私自身がそういう判断基準を持っているので、同じものさしで自分をはかってしまう(ジャッジしてしまう)

    本番の一週間前には、このように悠長に分析していた・・・が、
     前日の会場でのリハーサル。
    とてつもないアゴのガクガクを私は経験することになる・・・
    その時の衝撃は、ことばでは言い表せない。
    6月の振るえなど、かわいいものだった。
    魔物のようにそれはあばれまくった、といっていいほどのものだった。

    明日の本番、多くの人の前にそれをさらけないといけないのかと考えると、いろんな意味で打ちのめされるようで意気消沈してしまった。
    でも、逃げるわけにはいかない。
    それなのに、今さら何をどうしていいかもわからない。

    とにかく可能な限りじぶん自身を観察しよう。
    そんな状態には、けっして普段や練習中、そして思い描くだけではなれないのだから。
    そう思うことがやっとだった。

    本番当日、音だしをするスペースもなく、ライダウンもできず、他の出場される方々の演奏をろくろく聴くこともできず、出番を迎える。
    リハーサルで受けた衝撃のお陰?で、当日のアゴのガクガクがそれなりにすごかったけど、人間なれるんだな〜と思うぐらい諦めの境地ができていた。

    ステージ上に上がる直前までは、仲間やブルース先生にワークを受けているイメージができていい感じだった。
    名前を呼ばれてステージ上に上がり、吹き始めた最初の部分、あれっあまり振るえない、いいぞっと思ったけどすこしプルプルっとして、あっきてしまった、と思ったが最後ガクガクに移行するのにそれほどの時間を要しなかった・・・ように思う。

    終えてみて思ったことは、少なくとも練習してできるようになっていたことができなかった悔しさは、プロでもなんでもない私でも相当なものだったので、ましてやそれを目指して練習してこられる音楽家だけではなく、いろんなパフォーマーにとっての”あがり”はものすごく大きな課題なのだろう、と今なら実感を伴って類推することができるということだった。

    アレクサンダー・テクニークの教師として、”あがり”で困難を感じている人たちのサポートができるように、じぶん自身がまずその課題にこれからも取り組んでいきたいと心から思った。
    posted by: enlightenblog | アレクサンダー・テクニーク | 17:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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